ジェローム・ブルーナー


ジェローム・ブルーナー(1915~2016)

ブルーナーの人生
ブルーナー(1915~2016)
①( スプートニク・ショック )
②1957年( ソ連 )による人類初の( 人工衛星 )「スプートニク1号」の打ち上げ成功により、アメリカがソ連に負けているという危機感を指す。
③当時は、アメリカ(西側)、ソビエト(東側)の( 東西冷戦 )の時期。
④そこで、ソ連に負けないように教育改革の起こり、ブルーナーが( デューイ )と( ヘルバルト )のいいところを融合させたといえる。
ブルーナーの経歴・業績

①アメリカの心理学者
②( 発見学習 )の提唱者
③( 教育の現代化 )運動の推進者
④( スプートニク )・ショック後、科学教育の改革と新しい指導法を求めて開かれた( ウッズホール )会議で議長を勤めた。
⑤「教育の過程 」は、その会議の内容をまとめたもの。
⑥その中で、「どの( 教科 )でも知的性格をそのままに保って発達のどの段階の( 子ども )にも効果的に教えることができる」という大胆な提言をする。
⑦簡単にいうと、小学生にも「ダーウィンの進化論」や「なぜ、飛行機は空を飛べるか」、「性格は変えられるか」(小学生でもわかる脳科学 教育相談の授業でしたけど覚えているかな?)などを、小学生のレベルで教えることができるという。
⑧つまり、知識の( 構造 )の学習を重視する「学問中心のカリキュラム」を提言した。
⑨教師は、子どもの知的潜在能力を引き出すことを目指し、( 発見学習 )を提唱した。
⑩これらの理論が、アメリカのカリキュラム改革運動となり、世界各地に波及し、( 教育の現代化 )運動に発展した。

ブルーナーの著書

「 教育の過程 」1960年

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