世界の生徒指導(アメリカ・イギリス・シンガポール・台湾)

 目次
1.生徒指導が最も落ち着いている国「日本」
2.生徒指導を支える人材 ~ますます歪になる教員の年齢構成~
3.生徒指導の主要問題と教師の現状
4.チーム学校の背景となる状況
5.アメリカとイギリスのスクールカウンセリング
 (1) アメリカのスクールカウンセリング
 (2)イギリスのスクールカウンセリング
6.アジアのスクールカウンセリング
 (1) 台湾のスクールカウンセリング
7.生徒指導の世界的状況
 (1) 世界の標準的なアプローチである「包括的生徒指導」
 (2) 世界共通の「多層的な支援」
 (3) 世界の流れに逆行する「心の問題は専門家へ」
8.世界の生徒指導をみて感じること
 (1)  課題解決型の「PISA型学力」
 (2)  PISA型学力で世界一のシンガポール
 (3)  全人的発達を目指すイギリス
 (4)  先進的な生徒指導の台湾
 (5)  世界に後れを取る日本の生徒指導
 (6)  教育相談コーディネーターの配置・指名

1.生徒指導が最も落ち着いている国「日本」


 横軸に所得格差の大小、縦軸に反社会的な問題行動と非社会的問題行動を合計した値をとったグラフを見ると、日本は左下に位置しています。これは増加傾向にあると言われる所得格差も、反社会的・非現実的問題行動も国際的にみると、最も低いことがわかります。
 つまり、日本は生徒指導が世界で最も落ち着いている国なのです。
その逆に、最も荒廃しているのがアメリカです。アメリカでは生徒指導が困難なため、個別指導などではなく予防的プログラムを開発・実践しています。その規模は世界一です。

2.生徒指導を支える人材 ~ますます歪になる教員の年齢構成~

 教員の年齢構成を見ると50代、特に56歳から59歳が最も多く、30代から40代にかけ急激に減少します。若手を含む20代は増加していますので、教員不足に歯止めが掛かるのではないかという期待感が持てそうですが、これは大変な時代の到来を意味しています。私は教員採用試験も担当していますが、その倍率は右肩下がりの一途で、小学校ならば県によっては2.0倍など、2人に1人が合格する状況です。その結果、実践的な能力の低い若手教員が大量に教育現場に送り込まれることになります。
 そのような彼らを支援するために、教員としてあるべき姿を教えなければなりません。そして、教員自らが学ぶという職場風土を醸成していく必要があるのです。

3.生徒指導の主要問題と教師の現状

 「学級運営についての教師の自己効力感」という2013年の国際調査で、日本とOECD参加国を比較したデータを見ると、学級内の秩序を乱す行動を抑えることができる教師は、OECD参加国平均で87.0%に達していますが、日本は52.7%と、実に47%近くの教師がその行動を抑えることができないと回答しています。
 また生徒を、教室の決まりに従わせることができる教師は、OECD参加国平均で91.3%ですが、日本は48.8%。秩序を乱す又は騒々しい生徒を落ち着かせることができる教師はOECD参加国で84.8%に達しているのに対して、日本は49.9%。実に半数以上の教師が、決まりに従わせることも、生徒を落ち着かせることもできない、と回答しているのです。
これらは、日本の教師の自己効力感の低さを物語る結果となっています。
 しかし、日本の教師は、一週間当たりの労働時間が53.9時間とOECD参加国の平均以上に働いているのです。私もかつて剣道部の顧問をしていましたが、土日に部活動を休んだことはなく、ゴールデンウィークもありませんでした。働き過ぎの教師の実態が浮き彫りにされている昨今、このような実態も改善していかなければなりません。

4.チーム学校の背景となる状況

 アメリカやイギリスでは、スクールカウンセラーやスクールソーシャルワーカー、スクールポリスなど、教員以外の専門スタッフが常駐していますが、日本は教員の割合が80%以上であり、外部の専門家が殆ど入っていないのが特徴です。日本の教育改革の一環で、文部科学省が提唱する「チーム学校」とは、様々な属性の方々を学校に入れる考え方です。

5.アメリカとイギリスのスクールカウンセリング

アメリカとイギリスのスクールカウンセリング

■ アメリカのスクールカウンセリング
① スクールカウンセラー(SC)
 基本的職務は,生徒指導・進路指導・教育相談
 高校で300人に1人程度。
 フルタイム。教員免許が必要なことが多い
 例:テキサス州 教員免許+三年以上の教職経験+修士+インターン
② スクールサイコロジスト(SP)
③ スクールソーシャルワーカー(SSW)
④ 言語セラピスト(ST),作業療法士 など

■ イギリスのスクールカウンセリング
パストラル・ケア担当教諭(教育福祉)
② SC,Nurture Group(学校長の裁量が大きい)

(1) アメリカのスクールカウンセリング
 前職が教員で全員が教員免許を保有しており、学級指導や全校集会の指導、進路指導も可能なのがアメリカのスクールカウンセラーです。しかもフルタイムで常駐しています。
 一方、日本のスクールカウンセラーの場合は「トレーニング法」をメインとした、個別支援を中心に行っています。アメリカの場合とはシステムが全く違います。
 先述しましたがアメリカの生徒指導の大変さは世界的に最悪のレベルです。だからこそ、教員出身者であるスクールカウンセラーは、様々な予防的プログラムを開発して学級経営や学年経営に取り組み、関係者から全幅の信頼を寄せられているのです。
(2) イギリスのスクールカウンセリング
 イギリスには「パストラル」という伝統的な協会制度があります。また、虐待を受けていたり発達障害など、家庭的に恵まれない子供たちを受け入れる「Nurture Group(ナーチャーグループ)」があり、これらが教育機関としての一翼を担っています。
日本の教師のように学級担任を持ち、生徒指導に教科担任、進路指導も行う。そして、部活動の顧問もする。これら全てを1人で行う教師は他の国にはなく、殆どが分担されて、「チーム」として教育に携わっているのです。

6.アジアのスクールカウンセリング

アジアのスクールカウンセリング

■ 韓国
 専門相談教諭
 進路進学相談教諭
 スクールポリス
 スクールソーシャルワーカー 
■ 香港
 輔導教諭(提携大学での講座:中学校120時間)
  リーダー:5年の教職経験+2年の生徒指導実践+120時間が義務 授業を軽減
  *リーダー以外の生徒指導担当者も研修を推奨される 教育心理士
■ 台湾
 輔導教師(教育系修士:カウンセリング・特別支援・生徒指導)
 諮商心理士(修士+教員免許)
 *臨床心理士は別(修士+精神科実習) 

(1) 台湾のスクールカウンセリング
 台湾では、教育系修士を有する「輔導教師」がカウンセリングや生徒指導を担います。また、修士号と教員免許を有する「諸商心理士」は、学校での1年間の実習を終えた後、スクールカウンセラーとしての業務に携わります。「諸商心理士」とは別に「臨床心理士」も存在していますが、病院での1年間の実習を経て、そのまま病院の臨床心理士となり、学校業務には携わりません。
 日本の臨床心理士の場合は大学院を修了した後、すぐにスクールカウンセラーとしての業務に携わる場合もあります。台湾とは異なり、学校や病院での実習がありませんので、専門知識や現場経験が不足していることなどが問題視されています。

7.生徒指導の世界的状況

生徒指導の世界的状況

① 進路・学業・個人の各領域において,対処的・予防的・開発的支援を提供する包括的生徒指導(Comprehensive School Guidance and Counseling Approach)が世界の標準的なアプローチ
  これはミズーリ大学のNorman. C. Gysbersに始まり,発展してきた。
② イギリスでは,全学校アプローチ(Whole School Approach) という考え方が強調される。
③ 多層的な支援という発想は世界共通。対処的支援から予防へ,予防から能力開発へと,生徒指導がシフトしてきた。
④ 日本でも生徒指導の三層性は言われるが,具体性が乏しい。
 「心の問題は専門家へ」という言説があるが,世界は必ずしもそうではない。専門家を入れながらも,教師がしっかりと研修し,教師の中に心理系の専門家を置き,他の専門職と協同しながら生徒指導を行っている。

(1) 世界の標準的なアプローチである「包括的生徒指導」
 生徒の進路や学業、個人の各領域において「対処的・予防的・開発的支援」を提供するという「包括的生徒指導」が世界の潮流となっています。これは、全てをトータルで行う概念です。特にイギリスの場合は「全学校的アプローチ」という考えが強調されています。問題が発生してから対応する「モグラ叩きの生徒指導」とは全く異なります。
(2) 世界共通の「多層的な支援」
これは、対処的支援から予防へ、そして能力開発へと生徒指導がシフトしていることを示しています。今では能力開発を行うことが生徒指導の一環であるという考え方なのです。日本でも生徒指導の「三層性」が提唱されていますが、具体性に乏しいのが現状です。
(3) 世界の流れに逆行する「心の問題は専門家へ」
 日本の場合は心理の専門家に任せる流れが確立しています。しかし、日本以外では教師が主体となり、専門家を入れてしっかりと研修を積み、教師の中に心理系の専門家を置き、他の専門職と協同しながら生徒指導を行うのが世界的な流れになっています。

8.世界の生徒指導をみて感じること

世界の生徒指導をみて感じることまとめ

① アメリカが一つ先を行っている。それは,生徒指導の問題が世界で最も深刻であることを反映しているかもしれない。
② ただ,日本のシステムとの違いが大きく,そのまま取り入れるのはかなり難しいだろう。
③ カナダやオーストラリアはアメリカの強い影響を受けているが,やはり,それぞれの発展をしている。
④ イギリスはアメリカとは違う歴史があり、生徒指導でも用いられる用語も違うが、全人的発達を目指す点で共通している。
⑤ アジアはアメリカの生徒指導システムや方法をそれぞれが輸入し,自国化している。台湾が最も早く取り組んでいる。
⑥ 日本は,生徒指導に関わる専門家がいない。養成もない。
⑦ 教師の中に専門家を創るという発想が乏しく,心理に依存?

(1)  課題解決型の「PISA型学力」
PISA型学力とは義務教育修了段階(15歳)において、これまでに身に付けてきた知識や技能を、実生活の様々な場面で直面する課題に、どの程度活用できるかを測るものです。
OECD(経済協力開発機構)に加盟している世界72カ国・地域の15歳男女約54万人を対象に、読解力、数学的リテラシー、科学的リテラシーの3分野について実施しています。
(2)  PISA型学力で世界一のシンガポール
このPISA型学力で世界一の国がシンガポールで、その中でもシンガポール大学はアジアにおける最高水準の大学と言われています。シンガポールの先生方に話を聞いてみると、勉強には力を入れておらず「人を育てる」「人は天然資源」という信条を大切にしています。
これは国の規模が小さいため、一人一人の子供たちを丁寧に育てる意識が定着しているのです。それゆえ、予防的な取り組みを積極的に実践する様々なアプローチがあるため、生徒指導そのものが減り、学力の伸長に繋がっているのです。
つまり、「人を育てること」に重きを置いているのです。日本では何か問題が起きてから対応し、家庭訪問にも行きます。しかし、シンガポールの先生方は家庭訪問を行いません。予防的な取り組みが功を奏し、その必要が全く無いのです。
(3)  全人的発達を目指すイギリス
 イギリスの生徒指導では、予防的かつ開発的な取り組みにウエイトが置かれています。アメリカとは異なる歴史背景があり、生徒指導の用語なども違いますが「全人的発達」を目指す点では共通しています。イギリスもシンガポール同様、問題が起きてから発生するのではなく、子供たちの能力を開発するのが生徒指導であると考えられているのです。
(4)  先進的な生徒指導の台湾
 アジアで早くから生徒指導の予防的プログラムを取り入れていたのは台湾です。これは、
シンガポールや香港とも共通していることですが、国や地域が小規模であること、そして政治的側面が大きく介在しているため、人材育成に対する使命感が極めて大きいのです。
(5)  世界に後れを取る日本の生徒指導
 日本では生徒指導に関わる専門家が存在しません。私が中学校の教師をしていた時は、生徒指導の担当でしたが、急に「先生、生徒指導の担当やってね」と言われました。
 日本には生徒指導に関わる人材を養成する制度も仕組みも一切存在しません。ご存じの「特別支援教育コーディネーター」は世界的に日本だけです。しかも、全く養成をせず、急に校長先生に「あなたは、今日から特別支援教育コーディネーターです」と言われます。本来ならば、専門カリキュラムの下で徹底した研修を行い、しっかりと養成された人材が現場での職務に当たるべきなのです。
(6)  教育相談コーディネーターの配置・指名
 皆様は「教育相談コーディネーター」がこれから配置されるという話を聞いていますか?
文部科学省のHPには「学校において組織的な連携・支援体制を維持するためには、学校内に児童生徒の状況や学校外の関係機関との役割分担、SCやSSWの役割を十分に理解し、初動段階でのアセスメントや関係者への情報伝達等を行う教育相談コーディネーター役の教職員が必要であり、教育相談コーディネーターを中心とした教育相談体制を構築する必要があること」という記述があります。
 つまり「教育相談コーディネーター」を、ある日突然、任命される可能性があるのです。世界的な流れでは専門研修と実習を経て養成された後に、それぞれの現場で職務に当たり、フォロー体制もしっかりと拡充しています。しかし、日本の場合は何も整っていないまま、名目上任命されますので、今後は心身ともに辛くなる先生が出てくることも否めません。

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