キャリア教育の理論と実践1~生き方を教えるキャリア教育~

 目次
1.包括的支援モデルにおけるキャリア教育
(1) ニート・引きこもりの現状
(2) 包括的支援モデルとASCA
2.進路指導と生徒指導
(1) 進路指導の課題
(2) 生徒指導とキャリア教育の方向性
① 生徒指導の方向性
② キャリア教育の方向性
3.キャリア教育の具体的なプログラム

 今日、求められている進路指導とは、「人生をどう生きるか」という大きなテーマであり、受験指導、就職指導ばかりではない。わが国では、ニートや引きこもり、若者の高い離職率が大きな社会問題となっており、学校教育ではこれらの諸問題に対しても予防・開発的な視点で取り組む必要がある。
 そこで本章では、進路指導をキャリア教育に位置づけ、生徒指導の視点から、「生き方指導」「人づくり」を述べる。特に小学校・中学校・高等学校で、進路指導・キャリア教育は、生徒指導とどのような関連の基で実践が行われているかを、具体的な事例を基に概観する。著者は、中学校教師の経験があり、自らが実践してきた、職業体験、キャリアのモデルリングづくり、進路相談、高校見学など、実践的な内容を提示する。

1.包括的支援モデルにおけるキャリア教育

(1) ニート・引きこもりの現状
 独立行政法人労働政策研究、研修機構副統括研究員 小杉(2010 )はニートを4分類している。
  ① 享楽的で、今が楽しければいいというタイプ「ヤンキー型ニート」
  ② 社会との関係が築けず引きこもったり、不登校の延長で引きこもるタイプ「引きこもり型ニート」
  ③ 就職を前に考え込んでしまい、行き詰まるタイプ「立ちすくみ型」
  ④ いったんは就職するが、早々にやめて自信を喪失するタイプ「つまずき型ニート」
 最近の子どもや若者は、困難な問題や課題に直面すると、投げ出したり諦めたりする傾向がある。そして一度、失敗すると傷ついてしまい、チャレンジする意欲がなくなってしまう。これらの傾向がニートや引きこもりの一因とも考えられる。
 わが国の引きこもりは70万人、若年無業者は60万(内閣府,2013)と言われており、その対策では多額の税金が投入されている。例えば、2004年度からスタートした「若者の自立・挑戦のアクションプラン」では、文部科学省・厚生労働省など関係省庁合計で、平成17年度は761億円、平成16年度は759億円の税金が使われた。それにもかかわらず、引きこもり・ニート共に一向に減少しなかったため、効果のない政策とみなされ大幅な予算縮小となった。
 この結果からみて、すでに引きこもりやニートになってしまった若者に対する3次支援ではなく、引きこもりやニートにならないための1次支援が重要であることがわかる。その1次支援とは、学校教育で行われる進路指導(キャリア教育)が中心だと考えられる。
(2) 包括的支援モデルとASCA
 アメリカスク-ルカウンセリング協会ASCA(American School Counselor Association)のスクールカウンセリングプログラムは、ナショナル・スタンダード(国家基準)であり、幼稚園から高校までの発達段階を踏まえた「学業的発達」「キャリア的発達」「個人的-社会的発達」の3領域で構成されている(中野,2000)。
 アメリカの影響を受けている日本の学校心理学では、「学習面」「心理・社会面」「進路面」「健康面」の4領域で構成されている(石隈,1999)。
 本章で紹介する砂時計モデル(2006)は、ASCAのモデルを活かし、3領域「学習(授業)」「キャリア(進路)」「発達・適応(生徒指導)」とし、健康は発達・適応に含めている。1次支援の「キャリア(進路)」では、全児童生徒を対象にした、予防的・開発的な支援である。例えば、年間計画に位置づけられた職業体験やゲストティーチャーを招いた職業説明会などがあげられる。同様に、2次支援の「キャリア(進路)」では、一部の児童生徒を対象とした、教師のチームによる面接指導や進路相談などである。3次支援の「キャリア(進路)」では、特定の児童生徒を対象とした、関係機関との連携よる対応である。例えば、医療機関との連携による障害者手帳交付による、障がい者枠による就職支援などである。つまり、全児童生徒に対して、1次~3次支援を通してキャリア支援を実施する。

2.進路指導と生徒指導

(1) 進路指導の課題
 一昔前までは「偏差値の高い学校に行き、いい会社に入れば幸せな人生が待っている」と考えられた時代であったため、子どもたちは、学校でも家庭でも「とにかく勉強しなさい」と言われ続けてきた。
 しかし、企業競争が激化し、終身雇用体制が崩れてからは、日本の有名企業ですらリストラが行われ、見通しの持ちにくい時代となった。いわゆるマッチング理論といわれる、本人の能力・特性・持ち味と、企業の望む人材を結びつけるだけでは、進路選択・職業選択はできない時代になったといえる。現に、就職後3年以内に離職する若者は、大学卒は3割、高校卒は5割、中学校卒7割となり、<七五三>といわれている。
 従来の進路指導には、自己実現に偏りすぎている傾向がある。本来の働く意味とは、個人的目的 (自己実現のために)、経済的目的 (生活のために)、社会的目的 (社会とつながるために)といってもよい。しかし、今の若者は、「やりたいことが見つからない」「何をすればいいのか決められない」といい、就職しないこともある。好きなことより,できることをすることも必要である。また、一方、「私は、漫画家になりたいので、就職はしません」「僕は、バンドをやりたいので、就職はしません」という学生もいる。夢や希望(自己実現)を,働かない免罪符にするのである。
 自己実現だけの教育は,子どもが親をバカにすることがある。「俺の父親の自己実現は,このレベルか」と。親は、必死で生活のために働いているのである。自己実現より生活である。どんな仕事も、人として成長もできるのである。
そこで、人を育てるキャリア教育の必要性を痛感している。
(2) 生徒指導とキャリア教育の方向性
  ① 生徒指導の方向性
 生徒指導とは、問題が起こった時に指導をすることばかりではなく、生き方を指導することである。生徒指導とは、そもそもアメリカのガイダンス理論が日本に導入され、生徒ひとりひとりの人格の健康な発達を育成するため教育活動とされた。中学校及び高等学校の学習指導要領には、「ガイダンスの機能の充実」が明記され、「現在および将来の生き方を考え行動する能力の育成」「進路などの選択・決定にかかわる能力や態度の育成」を示している(高橋,1999)。
 生徒指導提要(2010)においても、生徒指導とは、「一人一人の児童生徒の人格を尊重し、個性を図りながら、社会的資質や行動力を高めることを目指して行われる教育活動」と定義されている。これは、「一人一人の児童生徒の人格を尊重し、個性を図る」とは、自己実現を目指す個人(個性化)を示し、「社会的資質や行動力を高める」とは、社会づくりに担い手(社会化)を示している。以上を鑑みると、生徒指導の目指す方向性は、キャリア教育と同じといえる。
  ② キャリア教育の方向性
 中央教育審議会答申(2011)によると、キャリア教育は「一人一人に社会的・職業的自立に向け、必要な基礎となる能力や態度を育てることを通してキャリア発達を促す教育」と定義されている。
 三川(2014)は、定義を実践レベルでまで考慮し、「キャリア教育とは、子どもや若者の社会的・職業的な自立に向けて、一人一人のキャリアを形成するために、必要な能力や態度を育てることを通してキャリア発達を促す教育であり、発達段階に沿った計画的・組織的な学習プログラムを基礎に、個別対応を重視したキャリア・カウンセリングを活用して、体験的活動等を中心としたさまざまな教育活動の中で展開される」という概念規定をした。
 以上を鑑みると、生徒指導とキャリア教育の方向性は一致している

3.キャリア教育の具体的なプログラム

 文部科学省(2004)がキャリア教育で育成を目指す4つの領域は、「人間関係形成能力」「情報活用能力」「将来設計能力」「意志決定能力」である。具体的な指導内容を述べる。
 「意志決定能力」の領域には、更に「選択領域」「課題解決領域」がある。学校では、係活動・行事などで、責任を持ってやり遂げることを指導している。日常の係活動・委員活動でうまくいかないことがあっても、そこから逃げないでやり遂げることを体験させる。学校祭・合唱コンクールなどの行事では、計画を立て仲間と協力して成し遂げることを指導する。苦労しながら達成した時の喜びを体験させる。このような取り組みが、自分に与えられた仕事に責任を持って成し遂げる力、「課題達成能力」を育成するのである。つまり、学校での日常の係活動や行事における生徒指導と、キャリア教育で目指す能力の方向性が一致している。
 キャリア教育の具体的なプログラムは、①「コミュニケーション能力、対人スキルなどの基礎的な能力養成」、②「自分の将来像の内省」、③「職業体験を中心としたキャリア疑似体験」、④「ゲスト・ティーチャーによるモデリング」④「異年齢交流などのピア・サポート」などのプログラムがある。
 キャリアとは人生そのものである。幸せな人生を送るためには、学力以外にも「人間関係をつくる力」、「ねばり強くコツコツ努力できる力」、「現実の課題・問題に向き合う力」、「新しい発想ができる力」、「偶然の出会いをチャンスにできる力」などが必要である。これらの力は、総称して「生きる力」とも呼べる。
 「キャリア教育の推進に関する総合的調査研究協力者会議」(文部科学省,2004)では、キャリア教育とは、「キャリアが子どもたちの発達段階やその発達課題の達成と深くかかわりながら、段階を追って発達していくことを踏まえ、子どもたちの全人的な成長・発達を促す視点に立った取り組みを積極的に進めることである。」と規定している。規定で述べられているように、キャリア教育では、子どもの発達段階を踏まえた推進が求められている。
 キャリア教育のプログラムは、小学校~高校まで、教育課程や年間の活動計画に位置付けることである。キャリア教育の具現化では、発達段階を踏まえた、構成的グループエンカウンター(Structured Group Encounter:以下SGE)やピア・サポート、社会性と情動の学習プログラム(Social and Emotional Learning:以下SEL)などの「子どもが体験できるプログラム」を併用すると効果的である。例えば、学級の仲間から長所を教えてもらうエクササイズや、カードゲーム、楽しいワークシートを活用すれば、自己肯定感を高めながら「自分の長所」を確認できる。家庭の教育力、地域の教育力の低下が叫ばれている今、これらの力を学校教育で習得させるキャリア教育が求められている。

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