ジャン=ジャック・ルソー


ジャン=ジャック・ルソー(1712~1778年)

人 生
ルソー(1712~1778)
①スイスのジュネーブ生まれ。
②父親は時計職人で、母親がなくなると幼いルソーを置いて逃げる。
③後に彫刻家の弟子になるが、ジュネーブを出る。
④フランス貴族の男爵婦人の保護を受け、様々な勉強を始める。
⑤パリで音楽家として身を立てようとするが失敗。
⑥この時期、下宿先のお手伝いテレーズと事実婚。
⑦5人の子供をもうけるが孤児院に出す。
⑧懸賞論文で一等となり、学問、社交界で時の人となる。
⑨「エミール」出版後は、亡命生活を送る。
⑩1770年晩年、老齢となったため、パリに戻る。
⑪「告白」の中で、自分の生涯を描く。孤独・友人とのトラブル・性的な癖・幼児期の影響など。
⑫没10年後の1789年
( フランス革命 )の( 人権宣言 )で、ルソーの説は受け入れられる。
⑬日本への影響
ルソーのオペラ作品「村の占者」の一節が日本では童謡「むすんでひらいて」になる。
⑭社会契約論は、日本では
( 中江兆民 )が「民約論」として翻訳し、明治維新後の自由民権運動に影響を与えた。
経 歴・業 績
①18世紀、( フランス )の啓蒙思想家。
啓蒙思想とは、神の啓示ではなく、人間の理性を重視する思想。
絶対王政や王権神授説(王が神から国を支配する力をもらった)に反対する思想あり、 ( フランス )革命の原動力となる。
② 「エミール」は、主人公エミールの出生から結婚までを、発達段階に応じて5編に分けている。
( 自然 )教育・( 労作 )教育・ ( 消極 )教育の考えをまとめている。
③「エミール」は、刊行と同時に反キリスト教といわれ禁書となり、ルソーは亡命生活(スイス、ドイツ、イギリスなど)をしいられた。
④「エミール」の書き出し             
名言               
「( 造物主 )の手を離れるときは、すべてのものが善であるが、( 人間 )の手に移されると、すべてのものが悪くなる」
⑤( 自然に帰れ )といい、自然復帰の教育論を唱えた。   
・文明が人類に不平等をもたらした。素朴な友愛感情の基づく社会への回帰を主張した。
⑥ ( 子どもの発見者 )と言われた。
・子どもは小さな大人ではない。
・子どもには子ども時代の固有の世界がある。
・大人に近づけるのではなく、子ども固有の成長の理論がある。
・成長の理論に即して教育することが重要である。
⑦子どもの発達に応じた教育、自然の歩みに即した教育として、( 消極教育 )を提言した。知識を与える前に、感覚器官を鍛えることから始める。
・子どもたちに文化や文明を教えると、それは人為的なものであり、不平等を生み堕落してしまう。
・知識を教える前に、感覚器官、身体を鍛える。15歳ぐらいから判断能力を鍛えよ。
・そして、実物を見て教育せよ。
・この時期は、キリスト教が強く、知識は神からの啓示であり、感覚器官から学びとるという思想は反キリスト教的を非難された。
⑧子どもの発達段階に応じた教育方法が必要と考え、子供の( 心性 )に応じ、知識の記憶の強要ではなく、遊びや表現活動を重視した。
⑨つまり、子どもの自発性を重視し、この考えは、( ペスタロッチ )や( デューイ )に受け継がれた。
⑩ペスタロッチとの違い 
・エミールは家庭教師の方法であり、学校教育の方法ではなかった。つまり( 上流 )階級の教育法である。
・ルソーは、( 学校 )を作らなかった。
著 書

「エミール」
「 人間不平等起原論 」

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