ハートを掴む言葉かけ~言葉は心のビタミン剤~
目次
1.「元気がないけど、どうしたのかな?」
2.「そのままのあなたで大丈夫」
3.「困ったことは相談してね。他の先生でもいいからね。」
4.「話したくなったら、いつでもおいで。先生はずっと待っているよ」
5.「つらかったね。話してくれてありがとう。」
6.「先生は、あなたのことを信じているよ。」
7.「しんどかったら逃げてもいいよ。休んで戻っておいで。」
私は子どもとのつながりは、教師の何気ない一言でつくられると確信しています。子どもは動物的直観で、先生は味方か敵かを判断します。愛情いっぱいの声掛けが、子どもを「ほっ」とさせ、心を救うこともあります。まずは、ハートを大切にしていきましょう。
1.「元気がないけど、どうしたのかな?」
① 教師の言葉は、子どもたちへの「心のビタミン剤」となります。
② 信頼できる教師の<存在>が子どもの心を癒します。
教師の何気ない言葉が子どもを癒し、信頼できる教師の存在は安心感を与えます。いつも一緒にいるグループと離れ一人だけ別行動をしている、いつも昼休みに元気に体育館に遊びに行くのに教室にぽつんといる、いつもは学校が終わったらすぐ帰るのに帰ろうとしない等、様々な場面で小さな変化が起こっています。教師は、そういった小さな変化を察知し、「元気がないけど、どうしたのかな?」と、声をかけることが必要です。
教師の言葉は、子どもたちの「心のビタミン剤」になるため、40人学級なら、必ず40人全員に毎日1回は声かけが必要です。教師の問いかけに対し、「何でもありません。」「大丈夫です。」と防衛する子どももいます。たとえ言葉を媒体とするコミュニケーションが成立しなくても、温かい雰囲気を醸し出し、伝えていくことが大切です。
カール・ロジャースは、カウンセリングでは受容・共感ばかりでなく、存在の重要性について説いています。信頼できうる存在が相手を癒すということです。日々の声かけにより、子ども達は、「先生は私を心配してくれている」と認識し、教師は信頼される存在となっていきます。教師は「元気がないけど、どうしたのかな?」と、子どもに声かけをした時の言語的・非言語的メッセージを受け取り、理解し、察知する過程を通して、子どもは理解される喜びや安心を感じ、信頼関係は深まっていきます。教師という存在が子どもを癒すのです。
2.「そのままのあなたで大丈夫」
① 承認の欲求を満たす声かけが大切です。
② 結果・努力・能力を具体的に褒めて、自己有用感を高めます。
自己有用感が低い子ども達は、いつも不安に押しつぶされそうになりながら生きており、友人関係がうまくいかなかったり、授業に積極的に参加できない場合もあります。しかし、信頼できる他者(教師)から「そのままのあなたで大丈夫」という言葉をかけることにより、<承認の欲求>を満たすことができます。
マズローの欲求5段階説では、自己実現のためには、生存の欲求、安全の欲求、所属の欲求、承認の欲求を満たす必要があるとされています。教師は、まずは子どもたち一人ひとりの<承認の欲求>を様々な場面で満たすことが肝要です。では、どのように<承認の欲求>を満たせばいいのでしょうか。それにはいくつかのポイントがあります。
心理学では、結果・努力・能力の3点を褒めることにより、自己有用感が向上することが証明されています。結果・努力を褒めるだけでは不十分です。例えば、「〇〇さんは、コツコツとやり遂げる力があるんだよ」と能力まで褒めます。つまり、褒めきることが重要です。
褒める時には、子どもを主語にして、「あなたは・・・」と褒めていきます。褒める内容は、日常の具体的な出来事です。掃除当番の丁寧さ、学校祭の劇の大道具づくりのサポート力など、教師は小さな出来事に気付き、言語化することが大切です。
ポイントを押さえて子どもを褒めた上で、「そのままのあなたで大丈夫だよ」と、承認の欲求を満たす声かけが大切です。
3.「困ったことは相談してね。他の先生でもいいからね。」
① 他者に相談や援助を求める力「援助希求性」が低い子どもがいます。
② ソーシャルボンド(社会的な絆)づくりが必要です。
自分では解決できない困難な出来事に直面した時でも、誰かに助けを求められない子、いわゆる援助希求性の低い子がいます。欠席・遅刻が増える、成績が急に下がる、友人関係が大きく変化する等、明らかに悩みを抱えていても、社会的な絆がなく援助を求めることができません。
教育相談の場でも、「なんでもない」、「大丈夫」と言って誤魔化してしまうため、相談が進まないケースもあります。そんな時は、「困ったことは相談してね。他の先生でもいいからね」と言葉かけをし、面談は切り上げることも必要です。
援助希求性が低い子どもは、信頼関係がある他者にでさえ、悩みを打ち明けることができないことがあります。1回の面談で結果を出そうとせず、回数を重ねることで少しずつ心を開いてもらいます。援助希求性が低い子どもに「先生なら、このつらい気持ちをわかってくれるだろう」、「先生なら、解決の糸口を一緒に考えてくれるかもしれない」という気持ちを育むためには、日常のあたたかい声かけが必要です。
社会的な絆は、ソーシャルボンドともいわれ、生徒と生徒、生徒と教師の良好なつながりが強いほど、不登校・いじめの抑制にもなります。明らかに問題を抱えている子どもに限らず、普通の子どもも、様々な問題に直面しながら生活しています。「困ったことは相談してね。他の先生でもいいからね」という言葉かけは、すべての子どもたちのソーシャルボンドづくりで必要なのです。
4.「話したくなったら、いつでもおいで。先生はずっと待っているよ」
① 教師が安全基地となることが求められています。
② 「先生とつながっている」と子どもが感じ取れる声かけが大切です。
学校では、教師が子どもの安全基地になり、心のエネルギーを充電することが必要です。子どもが悩んだり、問題に直面したりした時、いつでも待っている存在であることも教師の役目です。
メアリー・エインスワースは、養育者は子どもの安全基地になることが必要といいます。安全基地とは、子どもにとっての心地よい安心感が得られ、守られていることが保証されている環境のことです。子どもは探索行動をして行動範囲を広げていき、ちょっと心配になると、安心できる養育者のところに戻って来ます。家庭環境が良くなく、安全基地が機能していない子どももいます。安全基地の有無が、子どもの発達・性格形成や成人後の生き方に影響を及ぼすことがあります。
学校が、安全基地となるためには、「話したくなったら、いつでもおいで。先生はずっと待っているよ」という教師の日常の声かけが必要です。その言葉によって、「先生は、私のことをいつも見守っていてくれているんだ~」「困ったら、また相談に来ていいんだ~」と感じ、安心感を保つことができます。「先生はずっと待っているよ」の後に、教師が次回に対応できる時間を伝えると、安心感を得る子どももいます。話す内容は、抱えている悩みや課題などではなく、日常の出来事でいいのです。子どもが「先生とつながっているな~」と感じることが重要です。教師は、子ども一人ひとりの安全基地となることが必要なのです。
5.「つらかったね。話してくれてありがとう」
① 辛い体験や過去を背負っている子どもがいます。
② 教師は、心の叫びを話してくれた子どもに感謝をすることが必要です。
自分の辛い体験を話すにはとても勇気が必要です。子どもは、「こんな話を先生していいんだろうか?」と、迷いながら相談をしますが、教師が「つらかったね。話してくれてありがとう」と感謝の気持ちを伝えることで、子どもは相談してよかったと実感できます。
A君のいじめ体験は壮絶でした。いじめっ子は、給食で出されたヨーグルトのカップにおしっこを入れ、トイレでA君の頭にかけました。A君は制服を洗い授業に急ぎましたが、「何で授業に遅れたんだ!!」と教師に怒鳴られ、そして不登校となりました。A君は心を閉ざしてしまい、不登校の理由を、親にも教師にも話すことができませんでした。
私がA君に出会った時には、いじめの体験から数年の歳月が流れていました。A君とのカウンセリングでは、沈黙ばかりが続きました。数回目のカウンセリングで、A君は突然、机を両手で激しく叩き、魂の叫びとも感じ取られるような嗚咽をし、その後、ポツリポツリと、壮絶ないじめ体験を話してくれました。私は「つらかったね。話してくれてありがとう」と感謝の言葉を伝えました。抑圧された感情の解放があるからこそ、現実への対応に進めるのです。
この事例ほど深刻ではなくても、日常の教育相談・生徒指導場面で、心の叫びを語ってくれた子どもたちに、感謝の気持ちを伝えることにより、新たな歩みをスタートできるのです。A君は現在、社会人となっています。(事例は一部変えてあります)
6.「先生は、あなたのことを信じているよ」
① 教育や指導が成立する土台には、愛着という養育の課題があります。
② 子どもたち一人ひとりに勇気を与える言葉が必要です。
問題行動の多い子どもは、根底に愛着の課題を抱えており、無意識に教師への試し行動をとっている場合があります。そんな時こそ、「先生は、あなたのことを信じているよ」という言葉がけが必要です。
愛着理論とは、ジョン・ボウルビィにより確立された理論で、子どもが社会的・精神的に良好に発達するためには、養育者と親密な関係を維持しなければならず、それができていない場合、子どもは様々な問題を抱えると説かれています。
愛着に課題のある子どもは、学校生活で不安定な状況になりがちです。愛着が満たされていないために問題行動を繰り返します。本来、子どもは養育者との関係で愛着を形成する必要があるのですが、それができない場合、教師が担わざるを得ない場合があります。子どもに裏切られても、裏切られても、とことん関わり、「先生は、あなたのことを信じているよ」という言葉がけは、教師との信頼関係の土台となり、愛着の課題を乗り越えさせます。教師の方から率先し、信頼を言葉で伝えることで、子どもは「先生は、僕を信じてくれている」と感じることができ、徐々に落ち着きを取り戻していきます。
教育や指導よりも前に、まずは愛着形成という「養育」を行うことで、結果的に問題行動の減少へと繋がっていくのです。この言葉は、愛着に問題のある子どもに限らず、健康的な子どもとの信頼関係構築にも有効です。子どもたち一人ひとりに勇気を与える言葉です。
7.「しんどかったら逃げてもいいよ。休んで戻っておいで」
① 「頑張れ」という正論ばかりでなく、逃げ道を保証することも大切です。
② 逆説の発想、パラドックスを状況に応じて使います。
不登校やいじめで悩む子ども、頑張り過ぎる子どもには、「しんどかったら逃げてもいいよ。休んで戻っておいで」と、逃げ道を作ることも必要です。教師は、「頑張れ」「自分に負けるな」「応援しているよ」と、ついつい叱咤激励をしてしまいがちですが、この言葉は全ての子どもに有効なわけではありません。叱咤激励か、逃げ道の保障かの判断には、的確なアセスメントが必要です。
例えば、不登校の子に「明日学校で待っているよ」、いじめを受けた子に「強くならないとダメだよ」という声かけは、子どもたちを追い詰めてしまい、逆効果になる場合があります。ギリギリまで追い詰められている子どもに対しては、敢えて「今は学校休んだ方がいいよ」、「テストを受けなくてもいいよ」と逆説の発想、パラドックスが有効なことがあります。いつも正論ばかりが正しいわけではありません。
子どもたちにとって、自分から「逃げる」のと、教師に「逃げてもいいよ」と保証されるのとでは、全く意味が違います。教師が逃げ道を保証してあげることで、張り詰めた緊張がほぐれて、心と体を休ませ、自らを振り返り歩み出すこともあります。
子どもの自殺が社会問題となって久しいです。自殺するくらいなら、学校を休み、不登校となっても構いません。とにかく命が大切です。教師は、逃げ道のある声かけを意識し、いつでも受け入れることができることを、言語化して伝えることが必要です。