教育相談の変遷~カウンセリングマインド論からMLAまで~

 目次
1.教育相談と生徒指導の対立
2.カウンセリングマインド論
3.教育相談の体系化
4.学校心理学
5.ASCA(アメリカ・スクール・カウンセラー協会)から学ぶ
6.MLA(マルチレベルアプローチ)

 学校はいじめ、不登校など様々な問題を抱えている子供がいます。彼らに対する表面的な理解ではなく、臨床心理学を活かした真の理解が求められています。教育相談はカウンセリングや相談活動を通して、心理臨床と深いつながりがあります。子供たちとの教育相談の必要性は、今では当たり前のこととなっていますが、不登校・いじめの相談ばかりではありません。子供たちは、学級での人間関係、家庭の問題など様々な悩みを抱えており、すべてが教育相談の対象です。ではどのような経緯をたどり、臨床心理学が教育に活かされてきたかをみてみましょう。

1.教育相談と生徒指導の対立

 1970年後半から1980年前半は、校内暴力が吹き荒れた時代です。学校では、授業が崩壊し、教室の窓ガラスは割られ、校内ではタバコやシンナーが行われていました。その時代、教育相談は「子供を甘やかすので必要ない」「もっと厳しく指導しないといけない」と言われ、教育相談と生徒指導は両立できないと言われていました。
 例えば、子供が万引をしたといます。教育相談では万引した子供に対しても受容・共感的に接して、問題の解決を図ろうとしました。万引きした子供も、様々な家庭の状況を抱えている可能性もあると考えていました。しかし、生徒指導では、善悪の区別をしっかり教えることが大切だと考え、教育相談は「生ぬるい、子供をつけ上がらせるだけだ」といわれ、教育相談と生徒指導は対立していきました。

2.カウンセリングマインド論

 生徒指導の手引(改訂版 文部科学省,1981年)とは、生徒指導提要(2010)の前身で、生徒指導における学習指導要領ともいえます。その生徒指導の手引(改訂版 文部科学省,1981年)には、生徒指導のあるべき姿は、生徒指導(訓育的対応)と教育相談(相談的対応)が両輪としておこなうものと明記されました。
 その後、相談的姿勢として、受容・共感というカウンセリングの基本姿勢を強調するカウンセリングマインド論が広く広がっていきました。この時期は教育相談の理念や考えは議論していましたが、教育相談の具体的な内容の議論は大野(1997)によって浸透していきました。

3.教育相談の体系化

 大野(1997)は、自らの実践をもとに学校教育相談の独自性や固有性を明確にし、理論化することで、具体的な教育相談の在り方を提示しました。学校教育相談とは、カウンセリングだけでなく、コンサルティング(連携・チーム支援)、 コーディネイティング(関係機関との連携・調整)、プロモーション(促進活動)などを具体化し、それらをインテグレーション(統合活動)することを明確化しました。

4.学校心理学

 アメリカでカウンセリングを学んだ石隈(1999)は、『学校心理学-教師・スクールカウンセラー・保護者のチーム支援による心理教育的援助サービス』を刊行し、学校心理学を紹介することで生徒指導・教育相談・特別支援教育の進むべき方向性を示しました。これにより、1次支援~3次支援の概念、チーム支援、コンサルテーションなどの理念が広く普及しました。
 石隈(1999)は日本の学校心理学の対象領域は、学習面、心理・社会面、進路面、健康面の4領域で捉えています。日本とアメリカは、学校制度、学校文化も異なります。アメリカでの生徒指導は、スクールカウンセラー、スクールサイコロジストに任せる傾向がありますが、日本の教師は、教科指導、学級担任、教育相談など、教育の全領域を担当しながら生徒指導を行っています。それらの違いを踏まえて、日本の学校教育の特性を考慮した包括的学校支援モデルを模索がありました。

5.ASCA(アメリカ・スクール・カウンセラー協会)から学ぶ

 中野(2000)はASCA(American School Counselor Association:アメリカ・スクール・カウンセラー協会)のアメリカのスクールカウンセリングプログラム国家基準となる、スクールカウンセリングスタンダードを紹介しました。
 ASCAのスクールカウンセリングプログラムは、ナショナル・スタンダード(国家基準)であり、幼稚園から高校までの発達段階を踏まえた、「学業的発達」「キャリア的発達」「心理・社会的発達」の3領域で構成されています。この3領域が学校心理学の基礎となっていきました。大野(2002)は、ASCAと連携を図り、更に東アジア圏の国・地域の教育関連団体と交流し、その活動から様々な知見を得ることができました。

6.MLA(マルチレベルアプローチ)

 栗原(2017)は、MLA(マルチレベルアプローチ)と呼ばれる包括的生徒指導プログラムを提唱しました。その特徴は、心理的・社会的・学業的・キャリア的・身体的の5領域での全人的成長プログラム、すべての児童生徒の成長を意識した1次から3次の多層的プログラムを備えたアプローチです。
 従来からある学級経営、教育相談、生徒会・児童会活動は大切にしながら、4つのプログラムを取り入れている。4つのプログラムとは、①気持ちを理解する能力育成のSLE(Social and Emotional Learning 社会性と情動の学習)、②徳性・ルールを学ぶPBIS(Positive Behavioral Interventions and Supports:ポジティブな行動介入と支援)、③助け合うことを学ぶピアサポート、④人関係と真の学力を身に付ける協同学習です。個人の成長、集団の成長を包括的に育むことを目指しています。SEL、PBIS、ピアサポートの詳細は第3章にまとめてあります。
 これを支えるのが、異校種連携、チーム支援、共感的理解、アセスメント、UDL(Universal Design for Learning学びのユニバーサルデザイン)を重視し、これら全体が学力とキャリア発達を支えるという構造になっています。MLAの取り組みを「誰もが行きたくなる学級・学校づくり」と呼んでいます。栗原(2017)は、このMLAを各教育委員会と連携し、不登校の激減や学力向上などで成果を上げています。

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