学校はブラックだが、日本の教師は世界一優秀
目次
1.日本の子供たちの問題状況の推移 ~エネルギーが縮小化する日本の若者~
2.日本の生徒指導に関わる現状と課題
(1) 世界一働く日本の教員
(2) プログラムの研究に勤しむシンガポールの教育委員会
(3) 通用しなくなった日本の教員の「職人芸」
3.国のとった施策
(1) 顕著な改善が見られない国の施策
(2) 生徒の自殺で崩壊する学校
(3) 抵抗感が大きい「チーム学校」
4.国の施策の方向性への疑問 ~包括的モデルとその設計図の必要性~
5.子供の実態とアセス ~子供が育たない環境~
6.アセスの尺度
1.日本の子供たちの問題状況の推移 ~エネルギーが縮小化する日本の若者~
1970前後…70年安保(大学生)
1980前後…校内暴力(高校生)
1990前後…いじめ・不登校(中学生)
→スクールカウンセラー
2000前後…学級崩壊(小学生)
→特別支援教育
2010前後…虐待・モンスターペアレント・引きこもり・(家庭)
→スクールソーシャルワーカー
70年代の安保闘争は大学生、80年代の校内暴力は高校生、90年代のいじめや不登校は中学生、2000年前後の学級崩壊は、小学生が問題の中核となっていました。そして今は、虐待やモンスターペアレント、引きこもりといった家庭における問題が深刻化しています。
子供たちの問題状況の推移を概観すると、この当時の大学生や高校生は、エネルギーに満ちていました。私が中学校の教師をしていた時も校内暴力が深刻でした。窓は割られ、消火器が撒かれるなど、学校は荒れ果てていました。
以前お世話になった警察の方とお会いした時、「金山先生が中学校の教師をしてた時は、暴走族も30台くらいで走っていたけど、今の暴走族は、誰がリーダーなのかわからない。3台で走るのが一番多いからね」と仰っていたのが印象的でした。暴走族も以前に比べて、エネルギーが小さくなっているのです。気持ちが内向きになっている証拠でしょうか。
2.日本の生徒指導に関わる現状と課題
(1) 世界一働く日本の教員
私は以前、フィンランドの教員は優秀だと思っていました。今でこそ、シンガポールに抜かれましたが「PISA型学力」で世界一の時代があったからです。しかし、分業制が一般化しているフィンランドでは、教員の専門性は高いですが、それ以外の仕事をしません。その点では、多岐に渡る膨大な仕事を、全て一人でこなしている日本の教員のほうが、圧倒的に優秀だと思います。ただし、日本の場合は教育予算が余りにも少な過ぎるため、教員の善意によって仕事が進められているのが現実です
(2) プログラムの研究に勤しむシンガポールの教育委員会
数々の優れたプログラムの導入経緯について、聞き取り調査を行おうとシンガポールの教育委員会を訪問した時、私の相手をしてくれた職員の方は、2年を目安に、海外の学校を視察、若しくは留学するための予算があることを教えてくれました。その制度を利用して職員の方々は様々な国を訪れ「これは面白いな」と思ったプログラムを導入するのです。そのため、シンガポールの教育委員会の職員は博士号を有する方がたくさんおられます。
つまり、行政職としてプログラムを実践しながらも、教育における問題を的確に理解し、調査・分析を通じて、その結果を報告するというリサーチャーでもあり、言い換えれば、研究の域に達している方々なのです。
(3) 通用しなくなった日本の教員の「職人芸」
日本の学校は国際的平均から見れば、極めて優秀で真面目な児童・生徒で構成されていたため、真面目な教師が真剣に指導することで、生徒指導上の問題を抑制してきました。
しかし、経済格差の拡大や社会状況の変化により、生活指導の困難さは徐々に深刻化、顕在化して「教師の職人芸」としての生徒指導では対応ができない状況となっています。
新たな生活指導のシステムや具体像も十分とは言えない現場で若い先生方が増えていく。そのような状況を、どのようにして克服するか。今後、大きな課題が待ち構えています。
3.国のとった施策
(1) 顕著な改善が見られない国の施策
国の施策をふり返ると、1995年に「スクールカウンセラー事業」、2003年に「特別支援教育」、2008年に「スクールソーシャルワーカー」の活用事業がそれぞれ始まっています。
そして、2013年には「いじめ防止対策推進法」、2016年には「教育機会確保法」、国会で可決成立し、施行されています。しかし、いじめも不登校も顕著な改善が見られません。
(2) 生徒の自殺で崩壊する学校
私はいま神戸ですが、以前は広島にいました。その時、広島県内で、いじめを苦にした自殺がありました。調査委員長を務めていた私は、その自殺した生徒が通っていた学校が崩壊していく様子を目の当たりにしました。
校長先生、自殺した生徒の担任、他の先生方も疲労困憊して鬱になり、挙句の果てには転勤希望が続出し現場は大混乱に陥りました。いじめを苦にした自殺が1件起きただけで学校はガラガラと音を立てて崩壊します。だからこそ予防的な取り組みが重要なのです。
(3) 抵抗感が大きい「チーム学校」
学校の問題が深刻であることから、その打開策として「チーム学校」というキーワードが文部科学省で提唱されています。日本の場合は先生だけの学校経営になっていますが、アメリカやイギリスは半分程度しか先生がおらず、残りは様々な専門家がいるわけです。その中で上手くコーディネートしようとする流れができています。
日本の先生方が余りにも多忙であるからと、アメリカやイギリスのやり方を急に真似て、外部の専門家を入れて学校経営を行っていくのは結構な抵抗感があると思います。また、いじめや不登校が実際に起こってから対応するのでは改善する見込みは全くありません。予防的な取り組みでなければ、全てが「いたちごっこ」になります。
4.国の施策の方向性への疑問 ~包括的モデルとその設計図の必要性~
国の施策では、「個別指導」や「対処的支援」、「対策事業」や「専門家への外注」などを行いましたが、その効果は全て疑問符が付くものばかりでした。
今後は「個別支援」から仲間づくりを基本とした「ピア的集団づくり」、「対処的支援」から「予防的・開発的支援」への転換が主流となります。また「対策事業」に代わって、学校を分析・アセスメントして的確なプログラムを導入する「理論的戦略」、臨床心理士の派遣など「専門家への外注」ではなく「教員の力量向上」に重点が置かれます。
5.子供の実態とアセス ~子供が育たない環境~
今の子供たちを取り巻く状況を鑑みると、家庭での虐待や離婚が急増し、少子化が加速化しています。地域においては「群れの消失」に伴い、屋外で遊ぶ子供たちがいません。
殆どがゲームに興じていて遊びそのものが変質しています。また学校では、いじめなどの暴力行為や学級崩壊が依然として深刻さを極め、その一方では高学歴化が進み、塾通いが
恒常化しています。これは子供が育たない環境であることを示しています。だからこそ、学校で育てる環境を作らなければなりません。
子供のコミュニケーション能力が低下していると危惧する向きもありますが、その改善に向けた取り組みを学校で行っているかと言えば、そうではありません。
また、ネットの問題が世界中で取りだたされていますが、その予防的プログラムを学校で実施しているかと言えば、そうではありません。常に、問題が起きてからどうしようと右往左往している現実が垣間見えます。だからこそ、あえて学校で取り組んでいく必要があるのです。
6.アセスの尺度
① 生活満足感
・気持ちがすっきりとしている
・まあまあ,自分に満足している
・気持ちが楽である
・自分はのびのびと生きていると感じる
・生活がすごく楽しいと感じる
② 向社会的スキル因子
・あいさつはみんなにしている
・落ち込んでいる友だちがいたら,その人を元気づける自信がある
・困っている人がいたら,進んで助けようと思う
・友だちや先生にあったら,自分からあいさつをしている
・相手の気持ちになって考えたり行動する
③ 教師サポート因子
・担任の先生はわたしのことをわかってくれている
・担任の先生は,私のことを気にしてくれている
・担任の先生は信頼できる
・担任の先生は困ったときに助けてくれる
・担任の先生は私のいいところを認めてくれている
④ 侵害的関係因子
・友だちにからかわれたり,バカにされることがある
・陰口を言われているような気がする
・仲間に入れてもらえないことがある
・友だちにいやなことをされることがある
・友だちから無視されることがある
⑤ 友人サポート因子
・いやなことがあったとき,友だちは慰めたり励ましたりしてくれる
・「いいね」「すごいね」と言ってくれる友だちがいる
・悩みを話せる友だちがいる
・友だちは,わたしのことをわかってくれる
・元気がないとき,友だちはすぐ気づいて,声をかけてくれる
⑥ 学習的適応
・勉強のやり方がよくわからない
・勉強の問題が難しいとすぐにあきらめてしまう
・授業がよくわからないことが多い
・勉強について行けないのではないかと不安になる
・自分は勉強はまあまあできると思う
これは「アセス」というデータの尺度ですが、自分に満足している「生活満足感」や、自ら社会と繋がって行こうとする「向社会的スキル因子」などを測定することが可能です。それ以外にも、自分のことを良くしてくれる「教師サポート因子」や、いじめられていると感じる「侵害的関係因子」、友人が自分のことを助けてくれる「友人サポート因子」や、学校の授業や勉強のやり方に関する「学習的適応」などを調べることができます。
アセスの調査結果によれば、クラスが楽しければ子供たちのストレスが減ります。また、攻撃性が弱まりキレる子供が減ります。いじめも減って不登校も減ります。そして学力が上がります。つまり、原点に回帰すると、学級経営に起因する問題なのです。
今までの日本の教育は「いじめが起きたらどうしよう」「不登校の生徒をどうしよう」と、恐々としていたわけです。そうではなく学級経営をもっと楽しくする方向に持っていく。つまり、良質な学校文化を意図的に形成していく必要性があるのです。