「受容―指導」「個―集団」のバランスを保つこと
1 カウンセリング研修の中で見落とされた視点
カウンセリングや心理療法などの研修会が盛んに行われています。私自身もカウンセリングの理論から多くのことを学び、実践に役立ててきました。しかし、いくつかのカウンセリング理論を除いては、その多くが個へ対応を基本としています。
学校では、プライバタイゼーション(個)とソーシャリゼーション(社会・集団)という2つの視点が必要です。しかし、「一人ひとりを大切に」「個性の尊重」という視点だけが一人歩きしている感があります。それに応じて教師の対応も受容・共感が中心となり、より積極的なアプローチが必要にもかかわらず、ためらう教師もいます。
学校では児童生徒、保護者、教職員による集団で形成され、一つの社会を作っています。しかし、現在のカウンセリングの研修会は、個に対するアプローチが中心で、社会学的な組織や集団についての視点が充実しているとはいえないと考えています。少なくとも、コミュニティ心理学・組織心理学の領域から学校をとらえ直すことが必要でしょう。教育相談・生徒指導では、常に「受容―指導」のバランスと「個―集団」へのアプローチという2つの軸の確認が大切です。
2 真の教育相談とは何か
教師や他の生徒に対して攻撃的・反抗的な態度をとったり、平気でルールを無視したりする生徒が増えています。そうした生徒に対して、教師が一喝すると、一時的に問題行動は収まったように見えることがあります。しかし、一喝の薬が切れるとまた問題行動を繰り返します。つまり、教師の忠告が心に浸み入っていないのです。
教育相談では、相談場面を通して教師と児童生徒が真剣に向き合い、今のままの自分でいいのか、人間として生きるとはどういうことなのかを考えていきます。教育相談とは、児童生徒が自分自身の体験と感情を明確に意識し、その中で自己選択・決断・責任を自ら引き受けるように援助するプロセスなのです。
先行研究を見ると、生徒は、悩みの種類によって教師に望む対応に違いがあることがわかります。
相談内容(学業不振、進路・将来、学校生活、家庭生活、異性関係、身体・性格)と教師の対応のあり方(指示的、非指示的、一般的、否定的、援助的)をクロスさせた研究もあります。指示的とは、教師が積極的にアドバイスする対応、非指示的とは、教師はアドバイスせず子供の変化を待つ対応です。そこでは、例えば、進路の相談では指示的対応が好まれ、非指示的対応や否定的対応が嫌われます。
中学生が好む対応は、1位は援助的、2位は指示的な対応です。嫌われる対応は、1位は否定的、2位は非指示的な対応でした。中学生には、教師に「生き方をリード」してほしいいという欲求があることがわかります。もっと言うなら、高校生でも同じような結果になっています。
そこで効果的な教育相談を行うためには、3つのカウンセリングや心理学が役に立つと考えられています。
児童生徒との➀関係づくり(リレーション)にはロジャーズ理論、②問題の把握・分析には精神分析、③児童生徒への対応にはカウンセリング(選択理論・認知行動療法・論理療法・家族療法・ブリーフセラピーなど)がそれぞれ役に立ちます。
それらのアプローチと学級・学年また、生徒の所属するグループ・集団を有効に絡めてアプローチすることが必要でしょう。中でも選択理論は教育相談にかなり有効であると考えています。
3 自分勝手なTくんへの選択療法「的」アプローチ
選択理論とは、人生は日々の選択で決まるという理論です。結婚も、離婚も、何の職業に就くかもすべて選択です。今日、何を勉強し、何を食べるのかも選択です。つまりは、教師は子供たちにいい選択を促していこうという理論です。選択療法「的」アプローチとしたのは、選択療法を金山流にアレンジし、学校モデルで適用しているからです。
問題行動を繰り返す生徒には、次のような特徴があります。
(1) 「現実」に直面しようとしない。
(2) 自分の行動に「責任」をとろうとしない。
(3) 「善悪」の問題を避け、正しくないと思っていても誤った行動をする。
そこで、現実性、責任感、善悪の区別を教育相談の中で確認していきます。選択理論では、生徒の過去や成育歴、無意識の葛藤などをそれほど重要とはしません。生育歴、無意識の葛藤によって生徒が問題行動をしたからといって、そのことにいつも言及していても、問題が改善されないからです。
選択理論の焦点は「今どう生きるべきか」という課題を達成させることにあります。よって、現在の自分の行動を評価し、より良い行動を選択することを求めます。つまり、過去の生育歴や無意識の葛藤ために問題行動を起こしたという言い訳をさせないのです。
T君の家は、かなり複雑な事情がありました。繰り返し問題行動を起こすT君は、「家が面白くないから万引きした。友達とケンカしてムシャクシャしたから喫煙した」と言います。
しかし、そのような言い訳は認めません。もちろん、家で面白くないことがあったという事実、友だとケンカしたという事実にも焦点をあて、解決の糸口を探ります。また、その時の苛立ち、ムシャクシャした気持ちや感情にも焦点を当ててアプローチします。そこまでは受容・共感・傾聴を中心に対応します。
しかし、それだけでは、問題解決にはつながりません。
そこで、家出の葛藤と万引き、友達とのケンカと喫煙には何の関係もないこと、万引きや喫煙の責任は、親や友達ではなくT君にあることを理解させることが次の課題となります。「親のことで面白くないことがあったのはわかるよ。でも、T君の人生だよ。どう生きて生きたいのかな」と積極的な思考を促していきます。「実は先生も中学時代にいろいろ失敗したんだよ」と教師が自己開示し、生き方のモデル像を提示することも効果があります。
そうした対応を通して「失敗してもいい。でも同じ失敗はしない」「人生には敗者復活戦がある」「我慢は人間を成長させる」というポジティブなメッセージも伝えていきます。そして、これからの生き方についての具体的な計画を考えます。
人間は、夢や希望があると耐えていくことができます。T君には、自動車整備の資格を取りたいという夢がありました。
「先生は、T君の夢が実現できるように応援するよ。それから、家のことで悩んでいたことも、先生からお母さんに伝えてあげるよ」と夢へのプランニングと現実への対応を保障していきます。やがてT君の行動は、少しずつ改善していきました。
4 「受容―指導」「個―集団」のバランスを保つ
以前、実施した調査では、「困ったことや悩みがあったら、誰に相談していますか」という質問への回答で、先生を選択する生徒の全国平均は、10%を僅かに上回る程度です。
先生を担任と限定しての質問ではありませんが、相談相手に教師を選択する割合の低い学級は、問題行動の発生や、担任と保護者のトラブルが多いことをこの調査で確認しています。
相談相手に教師を選択する割合の高い学級では、問題発生が少なく、発生しても担任が的確に対応し、学級活動や行事も活発であることが多いようです。
その差異は、日常の学校生活場面で形成されると思われます。生徒は、教師の日ごろの対応をよく観察しているからです。
私が中学校教師をしていた時に、非行を繰り返す生徒の対応に追われていると、その生徒ばかりに気をとられがちになったことがありました。
他の生徒から「なぜ、あの子たちは許されて、私たちばかり注意するの」と言われ、ショックを受けたことがあります。
これは、「受容―指導」「個―集団」のバランスを崩していた結果でした。教師は常に、この二つの軸を大局的に見極めることが必要だと思います。